阿久津 宏
スタンダードデザインの
宮崎椅子製作所で
(文:宮崎椅子製作所 宮崎勝弘の談話を編集)
指一本で持ち上げられて、座り心地も上質。
阿久津さんとのデザイン開発に際し念頭に置いたのは、世界最軽量の木製チェア「スーパーレジェーラ」への挑戦でした。小さな断面の部材を最小限に抑えて組み上げるシンプルなつくり。それが「menu」の着想でした。
見た目通り、部材はスリムに仕上がりました。脚先の断面は、わずか18×18mmでハイヒールのかかとのようです。貫の厚さはわずか 10mm。背には無垢単板を積層して体にフィットするようカーブを持たせ、両サイドはきゅっと曲げた造形がデザインのアクセントになっています。
重量は、結果的に「スーパーレジェーラ」の1700gには及びませんでしたが、指一本で持ち上げられる軽量な椅子に仕上がりました。軽さだけを追求すればもっと軽くできたと思いますが、軽さは着想の一端であり、阿久津さんと目指したのは何より良い椅子づくりです。
「menu」の座面サイズは、ゆったりとした座り心地であるよう「スーパーレジェーラ」よりもだいぶ大きくなりました。強度をより高めるために、脚の先はハイヒールのようであっても中央部の断面は十分な大きさを確保しました。くつろげる椅子であるために、アームタイプも開発しました。
阿久津さんデザインの「menu」は、細さや軽やかさをそなえながら、上質な座り心地が視覚からも伝わるような椅子となりました。
素材、構造、製造に精通したデザイナー。
阿久津さんのデザインには「その奥」があると感じます。軽さを追求するアイデアからスタートした「menu」が、ただの軽い椅子に終わらずに上質なスタンダードなデザインとなったのは、そういう懐の深いデザイン力によるものだと思います。
一見、直線的でスクエアなフォルムに見えますが、身体を優しく支える背の曲面は「menu」の大きな特徴だと思います。線と線の交わりも、直角に近いけれども微妙な角度がつけられていて、それが椅子の表情となっています。
阿久津さんは、素材や構造についての造詣が深く、製造工程についての知識も豊富です。椅子づくりを総合的に捉えながら個性的な意匠を生み出す、そんなデザイナーだと感じました。
スタンダードをつくり出すことは、とても難しいことだと思います。普通なだけではありきたりなものとなります。普通だけど特別、普通だけど他にはないもの。そんなスタンダードこそが、いつもの生活を豊かにしてくれるのだと思います。
阿久津さんは懐の深いデザイン力で、軽くて座りやすいスタンダードな椅子「menu」を生み出してくれたパートナーです。